神道国際学会会報:神道フォーラム第6号(平成17年11月15日刊行)掲載

話題のこの人 : 久保憲一氏(三重県水屋神社宮司) フランスに分社を開く

―その場になったら考える、そうやって、なぜかうまくやってきました―

 ヨーロッパ大陸に初めて、神社を建てる。そう聞くと驚くむきも多いだろう。しかも、建立の予定地は、フランスのブルゴーニュ州にある光明院という寺院の境内だという。しかし、とうのご本人の久保宮司は、ひょうひょうとしたものだ。

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 三重県松阪市飯高町の最東端に鎮座する水屋神社は、天照大御神と天児屋根命との国分け伝説、それに県天然記念物にも指定される樹齢千年といわれる「水屋の大楠」で名高い。久保憲一宮司は、鈴鹿国際大学で比較政治論などを教える学者神主だ。
 その水屋神社に昨年末、フランスのご夫妻が参拝におとずれた。みごとな木々に囲まれた神社のたたずまいが気にいったのか、ご夫妻は大楠の前からなかなか離れようとしなかった。
 それから数日たった今年の正月あけ、ご夫婦はあらたまった表情で神社を訪れ、久保宮司に、フランスに水屋神社の分社を建立してほしいと切り出した。
 「びっくりしましたね。ご主人はフランス人、奥さんは日本人、しかも融快・融仙という法名をもつ真言密教の僧侶で、フランスにお寺を持っているというのですから」
 寺の境内は、二町にもなる広大な元牧場。そこに、自分の手で神社を建てるから、なんとか分祀してほしいと熱心な願いだった。
 神社を建てるといったって、御神殿はどうするのだ、手作りなんてとんでもない、と断ろうとした久保宮司の頭をよぎったのは、鈴鹿市で宮大工をしている石井久二氏の存在だった。
 石井氏に相談すると、神社づくりはとうてい素人の手に負えるものではない、私も手伝うからやろうよ、と久保宮司を力づけた。
  「氏子の人たちも、型破りな宮司が、今度はなにをやり始めるのかと呆れ顔でしたよ」
 宮司の熱心さに氏子たちも応援してくれることになり、まずは御神殿の建立からと、有志によるフランス水屋神社建立実行委員会も設立された。

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 8月27日、ついに石井氏の力で、フランスに送る御神殿が完成し、水屋神社で完成奉告祭が挙行された。およそ三百人の出迎えをうけて、大事に拝殿に安置された御神殿は、「私の一世一代の出来です」と宮大工の石井氏の言葉どおり、台風一過の青空とすがすがしい空気の中で輝きわたる。
  「材料費だけでご奉仕していただきました」と久保宮司は、ご神殿が時価の何分の一かでできたことを感謝する。御神殿は来年早々にフランスに送られ、3月には久保宮司が渡仏して地鎮祭を執行、ヨーロッパに初の神道の神社が建つのは来年の秋になる。

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  平成14年には、春日大社神事用の閼伽水の奉納行事を425年ぶりに復活させ、平成11年に慰霊の旅で訪れたパラオ共和国のペリリュー神社にさざれ石を贈るなど、さまざまな運動を進める久保宮司に、それにしてもお金がかかるでしょう、という野暮な質問に「何事もその時になって考える、どういうわけか、そうやって今までうまく進んできたんですよね」
 境内には、京都九頭神社の中村宮司から奉納された狛犬一対、手水鉢がフランスに送られる日を待っている。
 「鳥居も発注済み、さざれ石も送ります。どなたか灯篭を奉納してくれませんかね。運送費の寄付も大歓迎」とのこと。